北の国から20日間だけの幸福
それは、目が覚めるような甘さだった。
糖度計が示すのは、7.4〜8度。フルーツトマトが・・・・・・・・
グリーンアスパラガスがこんなに甘いとは。
但し、この美味しさは“期限付き”。「収穫が始まって最初の20日間」。
それが、アスパラガスが一番美味しい時期だという。
本当に美味しい時期に、本当に美味しいアスパラガスを届けたいー。
その情熱を胸に、アスパラガスと向き合う男たちがいる。
本当の旬は“春いちばん”
北海道の中央部、美しい丘陵地帯が広がる中富良野町は、
4月だというのに、季節外れの雪で一面の銀世界だった。
だが、矢倉稔さん(72)のハウスでは、
青々としたアスパラガスが勢いよく伸びている。
矢倉さんは、アスパラガスの有機栽培歴30年以上のベテランだ。
富良野地区は道内有数のアスパラガスの産地。
年間の気温差が60度前後という厳しい気候が、甘いアスパラガスを育む。
加えて、矢倉さんのアスパラガスの美味しさは、徹底した土づくりにある。
1反につき、トラック1台分の有機肥料をまいて丁寧に手入れした土はふかふか。
上質な畑が、太くて真っすぐで、衝撃的なまでに美味しいアスパラガスを作る。
「土が固いと、芽吹く時のに傷ついたり、曲がることもある。
土をちゃんと作れば、野菜は応えてくれる」
そんなに大変なことじゃないよ、と笑うが、雪が降れば、
氷点下30度の深夜でもハウスの雪をおろし、
突風が吹けばビニールを必死で押さえる。
肥料をまく作業も、考えられないほどの労力を使う。
手間ひまかけても、収量が天候に左右される露地栽培は、
霜が降りれば収穫がゼロになることもあり、リスクは大きい。
だからといって、「獲れるだけ獲る」ことはしない。
ハウス栽培は3月下旬から5月上旬、
露地栽培は5月上旬から6月下旬までと、収穫期間はそれぞれ40日間。
立茎栽培をすれば秋まで収穫できるが、
「日が経つほど根株の養分が消費されて、味も栄養分も落ちる。
“ただアスパラガスである”だけなら出荷したくない。
本当の美味しさを味わってほしいから、ハウスであること以外は
自然に逆らわずに栽培したい」
6月にその年の収穫を打ち切ると、矢倉さんは全ての茎を育てる。
茎は1.5mまで伸びる。その間、3ヵ月にわたって毎日光合成を行い、
根株に十分な栄養を蓄えさせる。
つまり、根株が最も栄養を蓄えている春いちばんのアスパラガスが、
うま味も栄養価も高く、美味しい。
これが、「出始めから20日間」の所以だ。
アスパラガスが生む幸せな循環
冒頭の矢倉さんのアスパラガスは、地元の人への庭先販売をはじめ、
料理人からの注文も殺到するほど人気だ。
それを「雪解け春待ちアスパラ」と名付け全国へ届けているのが、
寺坂農園の寺坂祐一さん(36)。
扱う期間は「出始めから20日間」限定だ。
「生産者には“いいとこ取り”と言われても仕方がない。
でも、本当の美味しさを知ってもらいたいから、“20日間にこだわっているんです。」
本業はメロン農家だが、「中富良野の美味しい食材を全国に届けたい」
と、12年前からジャガイモや生でも食べられるトウモロコシなどを
インターネットで販売している。
実は、アスパラガスは扱うつもりはなかった。
矢倉さんのアスパラガスの美味しさも、「当たり前の美味しさだと思っていた。」からだ。
だがある時、試しに顧客に送ったところ、「こんなに甘いのは初めて」と、
感激されて驚いた。以来、アスパラガスの販売を始めて3年。
通常流通では、JA→市場→仲卸→小売店を経て
食卓に届くまで10日以上かかることもあり、その間に鮮度も甘さも落ちていくが、
寺坂さんは予約注文順に、獲れたてをその日のうちに発送。
フレッシュなまま届くアスパラガスの評判は瞬く間に広がり、
注文数も毎年3割ずつ伸びているという。
寺坂さんのように、生産者が地元の他の食材の通販までも手がける例は珍しい。
始めた当初は、そのやり方に異議を唱える生産者も少なくなかったというが、
矢倉さんは違った。「本当の美味しさを伝えてくれるなら託したいと思った。
彼は、やる気を出させてくれるんです」(矢倉さん)
寺坂農園のサイトには、寺坂さんの食材への熱い思いがあふれている。
この情熱と、そして、全国でアスパラガスを心待ちにする存在に矢倉さんは誇りを感じ、
より美味しいアスパラガスが生まれる。そのアスパラガスを見て、
寺坂さんは「自分のメロンも負けていられない」と自らを鼓舞する。
現場に活気が生まれる一方で、寺坂さんは通販に携わるスタッフを雇うことで
地元に雇用も生まれた。「小さいながらも、いい循環を生んでいければ」
と寺坂さん。美味しいアスパラガスを通して、幸せの連鎖が生まれつつある。
出典:「旬」がまるごと 7月号 文:松田 亜子さん